遺言書の作成をお勧めする理由


目次

はじめに

司法書士としてこれまで相続登記に携わってきた中で、痛感することがあります。それは、「遺言書さえあれば、こんなに大変なことにはならなかった」というケースが、いかに多いかということです。

遺言書は、一部の富裕層や高齢者だけのものではありません。財産の多寡にかかわらず、すべての方にとって必要な備えです。本記事では、日々の実務を通じて見えてきた遺言書の重要性について、司法書士の立場からお伝えいたします。


遺言書がない場合に何が起きるか

遺言書がない状態でお亡くなりになると、相続人全員が参加する「遺産分割協議」が必要になります。全員が合意しなければ、不動産の名義変更も、預貯金の払い戻しも、一切進みません。

相続人が多い場合、あるいは疎遠な親族がいる場合には、この協議が数ヶ月から数年にわたることも珍しくありません。協議がまとまらなければ、最終的には家庭裁判所での調停・審判という手続きに移行することになります。

実務上、相続トラブル(いわゆる、争続)は「仲の悪い家族」だけに起きるわけではありません。
むしろ、「まさかうちの家族に限って」とおっしゃっていたご家族が、相続をきっかけに深刻な対立に至るケースを、私は何度も目にしてきました。


遺言書が果たす法的な役割

遺言書(民法第960条以下)は、法的に有効な形で作成されることにより、以下の効力を持ちます。

① 遺産分割方法の指定(民法第908条) 誰にどの財産を渡すかを具体的に指定することができます。遺産分割協議を不要とし、相続手続きを大幅に簡略化できます。

② 相続分の指定(民法第902条) 法定相続分とは異なる割合での分割を指定することが可能です。貢献度や生活状況に応じた分配が実現できます。

③ 法定相続人以外への財産の承継(遺贈:民法第964条) 内縁のパートナー、お世話になった方、あるいは特定の団体への寄付など、法定相続人以外の方への財産の移転を実現できます。

④ 祭祀承継者の指定(民法第897条) お墓や仏壇などの祭祀財産を引き継ぐ方を指定することができます。


遺言書の種類と司法書士からの推奨

遺言書には主に3種類あります。

種類特徴留意点
自筆証書遺言全文・日付・氏名を自書し押印形式不備で無効になるリスクあり。2020年から法務局での保管制度開始
公正証書遺言公証人が作成。原本は公証役場に保管最も安全・確実。家庭裁判所の検認不要
秘密証書遺言内容を秘密にしたまま存在を公証実務上はほとんど利用されない

司法書士として特にお勧めするのは、公正証書遺言です。公証人が法律の要件を確認した上で作成するため、形式上の不備によって無効となるリスクがありません。また、原本が公証役場に保管されることから、紛失・改ざんの心配もございません。

なお、自筆証書遺言については、2020年より法務局(遺言書保管所)での保管制度が始まり、紛失リスクの軽減と検認手続きの省略が可能となりました。費用を抑えたい方にとっては有効な選択肢の一つです。


「まだ早い」という誤解について

ご相談にいらっしゃる方の中には、「自分はまだ若いから」「元気なうちに考えることではない」とおっしゃる方が少なくありません。しかし、遺言能力(遺言をする能力)は、満15歳以上であれば原則として認められます(民法第961条)。

また、認知症等によって判断能力が低下した後は、有効な遺言書を作成することが困難になります。判断能力があるうちに、落ち着いた状況で作成されることを強くお勧めします。

「準備が早すぎる」ということはありません。遺言書はいつでも撤回・変更が可能です(民法第1022条)。ライフステージの変化に応じて内容を見直していただくことを前提に、まずは作成することが重要です。


遺言書作成を検討いただきたい方

以下に該当する方は、特に遺言書の作成をお勧めいたします。

  • 相続人の間で不仲・疎遠な関係がある
  • 結婚しているが、子どもがいない
  • 再婚しており、前婚の子がいる
  • 内縁のパートナーや法定相続人以外の方に財産を渡したい
  • 特定の相続人に事業・不動産を集中して承継させたい
  • 相続人が一人もいない(相続人不存在)
  • 社会貢献として特定の団体に寄付(遺贈寄付)を希望している

遺言制度の新たな動き——デジタル遺言(保管証書遺言)とは

遺言書をめぐる法制度は、今まさに大きな転換期を迎えています。
2026年4月3日、パソコンやスマートフォンで遺言を作成できる「保管証書遺言」の新設を含む民法改正案が閣議決定されました。

これまでの遺言書は、自筆証書遺言と公正証書遺言が主流でしたが、改正案では第3の方式として「保管証書遺言」が加わります。手書きが不要となり、作成したデータを法務局に保管する仕組みです。公的機関による本人確認と真意性の確認が設けられることで、デジタル化の課題であった「なりすまし」や「改ざん」のリスクにも対応しています。

ただし、現時点ではまだ国会審議中であり、施行は公布から3年以内(2028年度中が目安)とされています。現時点では保管証書遺言に法的効力はなく、民間の「デジタル遺言サービス」も同様です。

法改正の動向は引き続き注視が必要ですが、施行までの間は現行の自筆証書遺言・公正証書遺言でしっかりと備えておくことが重要です。制度の詳細が決まり次第、改めてご案内いたします。


おわりに

遺言書の作成は、決して「縁起の悪いこと」ではありません。むしろ、ご自身の人生をきちんと締めくくり、大切な方々への思いを法的に確実な形で伝える、責任ある行為です。

実務の現場では、遺言書一通によって、ご家族の負担が大きく軽減される場面を何度も経験しております。

遺言書の作成や相続に関するご相談は、お気軽に当事務所までお問い合わせください。お一人おひとりの状況に応じた、丁寧なサポートをいたします。


本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別案件への法的アドバイスではございません。具体的なご相談については、専門家へのご依頼をお勧めいたします。

目次